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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)916号 判決 1991年11月29日

愛知県刈谷市司町三丁目一番地

原告

鈴木隆弘

右訴訟代理人弁護士

川村和夫

中野克己

右輔佐人弁理士

宇佐見忠男

愛知県刈谷市司町三丁目二番地

参加人

ロック建設株式会社

右代表者取締役

松本義隆

右訴訟代理人弁護士

後藤眞

岐阜県髙山市西之一色町三丁目一七五八番地

被告・被参加人(以下「被告」という。)

ひだ緑化土木株式会社

右代表者代表取締役

米田遅美

右訴訟代理人弁護士

打保敏典

右輔佐人弁理士

松波祥文

主文

一  原告及び参加人の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告及び参加人の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  仮執行の宣言。

二  参加人

被告は、別紙「のり面緑化工法目録」記載の方法でのり面緑化工事をしてはならない。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し特許権侵害に基づく損害賠償を、原告かち特許権を譲り受けた参加人が被告に対し特許権侵害予防をそれぞれ請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告の特許権

(一) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有していた。

発明の名称 のり面緑化工法

出願日 昭和四九年五月二〇日

公告日 昭和五八年一月一四日

登録日 昭和五九年一〇月一七日

登録番号 第一二三三九七五号

(二) 本件特許請求の範囲

本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の「特許請求の範囲」の記載は、次のとおりである。

「ある程度の厚みを有し偏平状に形成された絡合繊維から成る種子床を、露出岩石或いは植設したロックボルト等の取付部材が散在的に設けられたのり面上に、上面を網目の大きいネットで押え、上記取付部材に係合するようにして被着した後、その上方から接着剤を上記取付部材を中心に吹き付けて種子床、ネット、取付部材の三者を一体に接着固定し、次で再度上方から植物種子を噴射式に散布して植物種子を種子床に係合保持させるようにしたことを特徴とするのり面緑化工法。」

(三) 本件発明の構成要件

本件発明は、別紙「のり面緑化工法目録」記載(以下「本件特許工法」「という。)の構成要件から成るものである。

(四) 本件発明の作用

種子床はのり面上に取付部材により係合され、更にネットで押着される。そして、接着剤を上方から吹き付けると接着剤によって取付部材を中心にして種子床、ネット、取付部材の三者が一体として接着固定される。前記のように固定された種子床に対して植物種子を噴射式に散布すると、植物種子は種子床に係合保持される。

(五) 本件発明の効果(甲一、弁論の全趣旨)

本件発明の効果は、次のとおりである。

(1) 種子床は、ネットで押着され、更に接着剤によって取付部材に対して接着されるので、強固に定着される。

(2) 接着剤は上方から吹き付けられるので、被覆区域の面積が大きくても迅速確実に行え、能率的作業が可能である。

(3) 接着剤の噴射は取付部材上に重点的に行うものであるから、取付部材に対する止着部以外はネットの網目及び絡合繊維本来の間隙等はそのまま保持され、次の工程の播種に何ら支障を来さない。

(4) 植物種子は、前記工程で、のり面上に安定的に定着された種子床に対し前工程と同様に上方から噴射式に散布するものであるから、予め種子を繊維中に含有させたものを敷設するもののように取扱中に種子が脱落する等のおそれは全くなく、しかも作業が迅速確実に行われる。

(5) かくして、種子床の固定及び播種操作が容易迅速に行われ、足場の悪い斜面での作業が安全に行われる。

(6) 種子の抱持が接着剤の助けによって種子床に安定的にセットされる利点があり、的確に種子及び土砂の落流を防止できる。

(7) 接着剤の吹付けは、取付部材に対し重点的に行われるが、上方より噴射するものであるから、種子床全面にわたって及ぶことになり、ネット等にはまぶし付けられることになって粗雑な面を形成し、飛来する種子の定着を助け、自然植生を可能にする。

2  参加人の特許権取得

参加人は、昭和六三年九月二〇日に原告から本件特許権を譲り受け、同年一一月二一日その旨の登録をした。

3  被告の行っている工法

被告は、別紙「イ号工法目録」記載の工程(以下「イ号工法」という)のうち、少なくとも8記載の工程を除く工程(以下「被告工法」という。)をその記載の順序で行っている。

二  争点に関する当事者の主張

1  被告の行っている工法は本件特許権を侵害するか。

(一) 原告

(1) 被告は、本件特許工法自体又はイ号工法によりのり面緑化工事を行っているところ、イ号工法は、本件特許工法の前に種子吹付工を付加したものにすぎず、本件特許工法を利用するものであるから、本件発明の技術的範囲に属する。

(2) 仮に、被告の実施している工法が被告工法のとおりであるとしても、次の理由により、被告工法は本件発明の技術的範囲に属する。

<1> 被告工法の第二(ヤシマット張工)ないし第五工程(アンカー打設工)は、本件特許工法の第一工程(種子床被着工程)に当たる。

<2> 被告工法の第六工程(モルタル吹付工)は、本件特許工法の第二工程(接着剤吹付工程)に当たる。

<3> 被告は、実際には、被告工法の第六工程(モルタル吹付工)の後に種子散布工を行っており、これは本件特許工法の第三工程(種子散布工程)に当たる。

<4> 結局、被告の行っている工法は、被告工法の第一工程(種子吹付工)を行っていない場合には本件特許工法そのものであるし、右工程を行っている場合にはイ号工法のとおりとなる。

(二) 被告

(1) 本件発明は「方法の発明」であるところ、方法とは、一定の目的に向けられた系列的に関連のある数個の行為、又は現象によって成立するもので、必然的に経時的な要素を包含するものと解すべきであるから、本件発明及び被告の行っている工法の技術的範囲を解釈する上において、個々の工程相互間をいかなる施工順序で達係させて工事を行うのかという施工順序のいかんが決定的に重要である。しかるに、原告はこの点を全く無視している。

(2) 被告工法は、次のとおり、本件発明の技術的範囲に属しない。

<1> 被告工法の前工程(のり面清掃工)は、のり面緑化工法の前提たる作業にすぎず、独立の工程として挙げるべきものではない。

<2> 本件明細書の特許請求の範囲には、「種子床被着工程」の前に「種子吹付工程」が存在するものとは記載されていない。

<3> 被告工法には、第三工程と第五工程にそれぞれ「アンカー打設工」が存在する。右の工程は、ヤシマット及び金網を強固に固定する効果をもたらす重要な工程であるが、本件明細書の特許請求の範囲にはこれが存在するものとは記載されていない。

(3) イ号工法における第一工程(種子吹付工)並びに第三工程及び第五工程(アンカー打設工)は、いずれも本件明細書の特許請求の範囲にはこれが存在するものとは記載されていないので、被告の行っている工法がイ号工法であるとしても、本件発明の技術的範囲に属しない。

2  被告が本件特許権を侵害する工法を行うおそれがあるか。(参加人)

次の事情により、被告が本件特許権を侵害する工法を行うおそれがあるというべきである。

(一) 被告の行っている工法はイ号工法であり、右工法が本件発明の技術的範囲に属することは、原告主張のとおりである。

(二) 仮にそうでないとしても、

(1) 東海防災有限会社(現社名・有限会社東海緑化防災。以下「東海防災」という。)のパンフレット(甲五)によれば、同社のパーム緑化工法は、ヤシマット(種子床)及び特殊モルタル(接着剤)を用い、最後に植生(種子散布)をする工法であるから、右植生が噴射式で行われるものであれば、本件特許権を侵害するものであるところ、被告は、同社からヤシマット及び特殊モルタルを購入し、これを用い、同社の技術指導を受けて、のり面緑化工事を行うようになったのである。

(2) ヤシマット及び特殊モルタルを用いた工法において、「手直し工事」として噴射式で種子を散布すれば、種子床被着工程、接着剤吹付工程及び種子散布工程の順序で工事を行うこととなり、本件特許権を侵害するものであるところ、被告は、ヤシマット及び特殊モルタルを用いた緑化工事において、種子の発芽が不十分な掲合に、ヤシマットの上から噴射機を用いて種子を吹き付けて「手直し工事」をするおそれがある。

(3) アンカー打設工が二回行われても、種子床被着工程、接着剤吹付工程及び種子吹付工程の順序で工事が行われれば本件特許権を侵害するものというべきところ、被告は、アンカー打設工を二回行えば本件特許工法ではないと主張している。

(4) 被告は、本件和解期日において、「施工計画書の最終工程に再度の植生工の記載を行わない。」ことしか約さず、最終工程で噴射式種子吹付けをしないことを約することはできないと言っていた。

3  原告の損害はいくらか。

(原告)

被告は、イ号工法が本件発明の技術的範囲に属することを知りながら、昭和五八年四月頃から昭和六一年一月末日までの間に行った五万平方メートルを下らないのり面緑化工事により、二億円を下らない売上げを得たところ、本件発明の実施に対して通常受けるべき金額は売上高の五パーセントと考えられるので、原告は、被告に対し、特許法一〇二条二項により、一〇〇〇万円の損害賠償請求権を有する。

第三  争点に関する判断

一  争点1について

1  被告の行っている工法

被告の行っている工法が少なくとも被告工法を含むことは当事者間に争いがないところ、原告及び參加人は、被告の行っている工法には被告工法の後の工程として「補修種子吹付工」が含まれている旨主張するが、右の事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、証拠(乙二、一八、一九、証人江口、被告代表者)によれば、<1> 被告は、東海防災からヤシマット及び特殊モルタル(接着剤)を購入してのり面保護工事を施工していること、<2> 被告工法の「モルタル吹付工」を施工した後には、ヤシマットの上を特殊モルタルが覆っており、その上から種子を吹き付けても、種子が下に落ちることが少なく、十分な発芽の効果を得難いこと、<3> そこで、被告工法によって工事をしたが発芽率が悪い場合には、つるはしやアンカーのような物で発芽不良の箇所のヤシマットに小さな孔を空け、そこからスプーン状の器具あるいはパイプを斜めに削いだような器具を用いて地面に直接種子が届くように補充すること、<4> 右の孔は小さいので、種子の補充を噴射機を用いてすることはないこと、<5> したがって、被告の行っている工法においては、被告工法による「モルタル吹付工」を施工した後においては、「補修種子吹付工」は予定されていないこと、以上の事実が認められる。東海防災発行のパンフレット(甲五、乙一八)には、特殊緑化工法(バーム緑化工法)の施工法として、「法頭処理↓法面清掃↓ヤシ網張り↓結束↓アンカー・釘打込↓特殊モルタル吹付け↓残土処理(注・改行されている。)↓(植生)」との記載があるが、証人江口によれば、右の「(植生)」との記載は、「残土処理」の後に「植生(種子吹付)」を行うことを示したのではなく、このパンフレットを作成した当時は、発注者の指示によって植生を行う場合も行わない場合もあったので、その旨を記載したものにすぎないこと、その後改訂されたパンフレット(乙一九)には、「法頭処理↓法面清掃↓植生又は客土植生↓ヤシ網張り↓結束↓アンカー・釘打込↓特殊モルタル吹付け↓残土処理」と記載されていることが認められるので、右の記載部分は前記の認定に反するものではない。

右に認定した事実によれば、被告の行っている工法は、イ号工法のうち8記載の工程を欠く工法、すなわち被告工法であるというべきである。

2  被告工法と本件発明との比較

前記第二の一1の事実から明らかなように、本件発明は、特定の結果を生ずることを目的として、系列的に関連のある数個の行為を時間的な前後関係をもって連続して行うことを内容とする方法の発明である。したがって、本件発明において採用されている数個の工程と同様の工程を含む方法であっても、各工程の時間的な前後関係が本件発明のそれと異なる場合には、右方法は本件発明の技術的範囲には属しないと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件特許工法では、「種子床被着工程」の後に「接着剤吹付工程」が、その後に「種子散布工程」がそれぞれ配されており、本件明細書の特許請求の範囲にもその施工順序が明記されているのに対し、被告工法においては、前工程としての「のり面清掃工」の後に、まず本件特許工法の「種子散布工程」に相当する「種子吹付工」が、次いで「ヤシマット張工」「アンカー打設工」「金網張工」「アンカー打設工」(イ号工法のうち3ないし6記載の工程)が、最後に本件特許工法の「接着剤吹付工程」に相当する「モルタル吹付工」がそれぞれ配されているのであるから、原告主張のとおりイ号工法のうち3ないし6記載の工程が本件特許工法の「種子床被着工程」に相当するものであるとしても、各工程の時間的な前後関係は、本件特許工法のそれとは明らかに異なるものであるから、被告工法は本件発明の技術的範囲には属しないというべきである。

なお、原告は、被告が本件特許工法自体によって工事をしているかの如き主張もしているが、右の事実を認めるべき証拠はない。

3  まとめ

以上のとおりであるから、被告の行っている工法が本件特許権を侵害するものであるということはできない。

二  争点2について

本件全証拠をもってしても、被告が本件特許権を侵害するおそれがあることを認めるに足りる証拠はなく、次に述べるとおり、参加人の挙げる事情も右のおそれがあることを裏付けるには足りない。

1  参加人は、被告のヤシマット及び特殊モルタルの購入先である東海防災のパンフレット(甲五)に、特殊縁化工法(パーム緑化工法)として、ヤシマット及び特殊モルタルを用い、最後に植生をする工法を記載していることを、前記のようなおそれがあることを窺わせる事情として挙げているが、右の記載が参加人の主張するような趣旨のものでないことは、前記一1に述べたとおりである。

2  参加人は、被告が「手直し工事」として噴射式で種子を散布すれば、本件特許権を侵害することになる旨主張するが、被告工法における「手直し工事」の方法及び噴射式で種子を散布することは「手直し工事」の適切な方法でないことは、前記一1に認定したとおりである。

3  参加人は、前記のおそれがあることの根拠として、被告の本件訴訟における主張及び和解期日における対応の仕方を挙げているところ、証拠(甲二七の一ないし三、甲二八の一ないし四、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、被告が参加人主張のような主張及び対応をしたことは認められるが、右のような主張及び対応をしたのは、被告工法が本件特許権を侵害するものではないとの確信に基づくものであって、それ以外の意図があってのことではないものと認められる。

三  結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告及び参加人の請求は、いずれも理由がないので棄却すべきである。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 杉原則彦 裁判官 後藤博)

のり面緑化工法目録

1 種子床被着工程

ある程度の厚みを有し偏平状に形成された絡合繊維から成る種子床を、露出岩石或いは植設したロックボルト等の取付部材が散在的に設けられたのり面上に、上面を網目の大きいネットで押え、該取付部材に係合するようにして被着する。

2 接着剤吹付工程

右種子床被着工程の後、該種子床の上方から接着剤を該取付部材を中心に吹付て種子床、ネット、取付部材の三者を一体に接着固定する。

3 種子散布工程

右接着剤吹付工程の後、再度上方から植物種子を噴射式に散布して植物種子を種子床に係合保持させるようにする。

4 右各工程よりなるのり面緑化工法

イ号工法目緑

1 前工程 のり面清掃工

のり面頭部ののり頭と称するかぶり部分を切り取り、また、のり面の草木の根や浮石等のきょう雑物を除去した上で残土処理をする。

2 第一工程 種子吹付工

清掃したのり面に草の種子と、緑色又は青色に着色した  屑と、粘着剤としての と、肥料等からなる混合液を、種子吹付機により噴射して吹き付ける。

3 第二工程 ヤシマット張工

ロール状に巷いたヤシマットをのり頭から下方に向かって巻き直し、のり面 出岩石に係合させながら敷設する。

4 第三工程 アンカー打設工

敷設したヤシマットに長短のアンカー釘を打ち込んでのり面にヤシマットを仮押する。

5 第四工程 金網張工

ロール状に巻いた亀甲金網をのり頭から下方に巻き戻し、のり面に敷設したヤシマットに沿って 染ませながら被着し、 接する金網相互間を釘金で結束する。

6 第五工程 アンカー打設工

再び 出岩石以外ののり面部分にアンカー釘を打ち込んでヤシマットと金網をのり面上に固定し、また、露出岩石の部分には 質のコンクリート釘を打ち込むことで金網を露出岩石上に固定する。

7 第六工程 モルタル吹付工

東海防災有限会社のフォームメント(特殊モルタル)を、モルタル吹付 を使用して、金網部分をヤシマット部分にはまぶしなから吹き付け、アンカー釘、コンクリート釘の頭部や露出岩石の部分には重点的に吹き付けて接着固定する。

8 第七工程 補修種子吹付工

発芽率か 定の に しない場合には、第一工程で使用したものと同種の種子混合液を種子吹付機により噴射して吹き付ける。

9 右 工程よりなるのり面緑化工法

右は正本である。

平成三年一一月二九日

名古屋地方裁判所

裁判所書記官 井波憲彦

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